レスラーノート

MS1(エメ・エセ・ウノ)

本名:パブロ・フェンテス
1956年12月31日
メキシコ・グアナファト州サルバティエラ出身
176cm 94kg

タイトル歴
NWA世界ライトヘビー
ナショナル・トリオ
ナショナル・タッグ
CMLL世界トリオ
得意技
トペ・スイシーダ

EMLLで活躍したルチャ・ドールで「エメ・エセ・ウノ」と発音する。78年7月12日に本名でデビュー。「ボクス・イ・ルチャ」誌の専属契約選手として79年3月にMS1としてデビュー。宇宙人のマスクをつけてMS2とのコンビで活躍していた。82年9月2日にアレナ・メヒコでラヨ・デ・ハリスコ・ジュニアにマスクをはがされて素顔に。82年9月23日、アレナ・メヒコでのルチャ・リブレ生誕50周年記念大会のメインでサングレ・チカナを相手にカベジェラ・コントラ・カベジェラで対戦。最強ルード決定戦となったこの試合では両者が大流血。1本目は3分4秒、MS1がリングアウト勝ち。2本目は10分35秒、チカナがリングアウト勝ち。3本目は9分27秒、チカナがチカナ式逆エビ固めで勝利。MS1は坊主になった。84年7月に旧UWFに初来日した。エル・サタニコピラタ・モルガンとロス・インフェルナレスを結成。85年3月にナショナル・トリオ王座を獲得した。91年11月、ブラソスを破り初代CMLL世界トリオ王座を獲得。85年2月(リンゴ・メンドーサから)と87年3月(ラヨ・デ・ハリスコ・ジュニアから)の2度に渡ってNWA世界ライトヘビー級王者になった。86年10月にインフェルナレスを解散。87年3月にマサクレと組んでナショナル・タッグ王座を獲得。その後、インフェルナレスを再結成。91年11月、ブラソスを破り初代CMLL世界トリオ王座を獲得。96年にCMLLを離脱してセミリタイア。ナウカルパン周辺でインディ団体のプロモーターとして活動。時々試合にも出場した。98年に引退。12年1月12日、トラスカラ州ウアマントラで自動車事故に遭い死去。