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レイ・スチーブンス
RAY STEVENS


本名:レイモンド・スチーブンス
1935年9月5日
ウェストヴァージニア州ポイントプレザント出身
183cm 112kg
タイトル歴:USヘビー(シスコ版) AWA世界タッグ 太平洋岸タッグ
得意技:アトミック・ボムズアウェー

ジャッキー・ファーゴの実弟。49年、レスラー時代のロイ・シャイアにスカウトされてプロレス入り。レイモンド・シャイアを名乗りシャイアとのタッグで売り出す。主にオハイオ地区で活躍。シャイアがサンフランシスコ地区のプロモーターになるとレイ・スチーブンスと改名し同地区に定着。63年2月にパット・オコーナーを破りUSヘビー級王座を獲得。長くサンフランシスコでUS選手権を保持しシスコの帝王と呼ばれた。67年7月15日にWWWF世界王者当時のブルーノ・サンマルチノと対戦し、リングアウト勝ちを収めた試合は語り種となっている。68年7月、日本プロレスに初来日。シスコに帰ると太平洋岸タッグ王座(パートナーはP・パターソン)とUSヘビーの2冠王になる。72年1月にはニック・ボックウィンクルと組みAWA世界タッグを獲得。74年11月に国際プロレスに来日。AWA世界タッグ(パートナーはニック・ボックウィンクル)とIWA世界タッグ(グレート草津ラッシャー木村組)のダブルタイトルマッチを行った。結果は2対1で日本人組に勝利したが、反則がらみのため王座移動はなし。75年1月、全日本プロレスに特別参戦。カー・レーサーとしても有名で、国際A級ライセンスも持っていた。96年5月5日、心臓発作のためヘイワードの自宅で死去。
「フィニッシュはコーナー最上段からのアトミック・ボムズアウェーぐらいしかないし、身体も僕よりちょっと大きいぐらいですけど、機敏に動くんですよ。機動力があって、攻める時もやられる時もエネルギッシュなんです。コーナーにぶつけられた時に逆立ちになって、ボーンとそのまま場外に落ちる受け身はスティーブンスが初めてじゃないですか。複雑なことはしないけど、動きがいいから試合にメリハリがあって、受け身も巧かったですよ。それで客がワーッと沸いて、長年トップの地位にいたんでしょうね」(GスピリッツVol.31 マイティ井上のインタビューより)

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