レスラーノート

力皇猛

本名:井上猛
1972年12月20日
奈良県桜井市出身
191cm 130kg
血液型:B型

タイトル歴
GHCヘビー
GHCタッグ
得意技
天下無双(ノドをつかんでの無双)
無双(変型バックドロップ)
ベアハッグ

88年、二子山部屋に鳴戸親方の内弟子として入門。魁皇、武双山と同期だった。3月に本名で初土俵。その後は豪快な上手投げを武器に活躍。88年5月から二子桜に改名。 89年2月、二子山部屋から独立してできた鳴戸部屋に移籍。3月の春場所から四股名を力桜に改名。93年7月の名古屋場所から十両に昇進。十両昇進と同時に四股名を力櫻に改名。 96年7月、名古屋場所で新入幕。鳴戸部屋の幕内力士第1号となった。 その後、97年9月の秋場所を前に、師匠との対立が激しくなり、部屋を飛びだす。秋場所は全休。肝機能障害を理由に休場届を出していた。 98年に廃業。幕内通算成績は54勝51敗。最高位は西前頭四枚目。 99年8月に全日本プロレスに入門。

2000

00年5月28日、後楽園ホールの秋山森嶋組戦でデビュー(パートナーは井上雅央)。デビュー戦には魁皇、武双山など、相撲時代の仲間が応援に駆けつけた。デビューして1シリーズで全日本プロレスを離脱しノアの旗揚げに参加。00年度のプロレス大賞新人賞を受賞した。

2001

01年4月ごろに森嶋と「ワイルド2」を結成。タッグ戦で評価を上げた。8月14日、築館町総合運動公園体育館大会で菊地毅と対戦。9分33秒、パワーボムで勝利。8月15日、皆瀬村とことん山キャンプ場大会で橋誠と対戦。13分21秒、パワーボムで勝利。8月31日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でGHC王座挑戦者決定トーナメントに参戦し、1回戦で池田大輔と対戦。7分29秒、池田ロックにレフリーストップ負け。10月6日、ディファ有明大会でのGHCタッグ王座決定トーナメントに森嶋と組んで参戦し、1回戦でマイケル・モデスト、ドノバン・モーガン組と対戦。11分27秒、モデストの高角度前方回転エビ固めに力皇がフォール負け。11月30日、北海道立総合体育センター大会で秋山準と対戦。14分35秒、エクスプロイダーに敗れた。

2002

02年1月20日、後楽園ホール大会で森嶋猛と組んで本田多聞、井上雅央組とGHCタッグ王座挑戦者決定戦。16分9秒、森嶋がアックスボンバーで井上に勝利。2月17日、日本武道館大会で森嶋と組んで高山大森組のGHCタッグ王座に挑戦。16分1秒、力皇がパワーボムで大森に勝利。GHCタッグ王座を獲得した。3月14日、後楽園ホール大会でスコーピオと対戦。7分34秒、レフリー暴行により反則負け。3月17日、ディファ有明大会でベイダーと対戦。7分20秒、スコーピオの乱入により反則勝ち。4月4日、石川県産業展示館4号館大会でスーパースター・スティーブと対戦。9分40秒、相撲ラリアットで勝利。4月6日、愛知県体育館大会でベイダースコーピオ組を相手にタッグ王座の防衛戦。19分34秒、力皇がラリアットでスコーピオに勝利。4月7日、有明コロシアム大会で中西学吉江豊組を相手にタッグ王座の防衛戦。24分7秒、森嶋がバックドロップで吉江に勝利。5月6日、宮城県スポーツセンター大会で秋山、斎藤彰俊組を相手にタッグ王座の防衛戦。22分35秒、森嶋がラリアットで齋藤に勝利。5月11日、ディファ有明大会でヨネと対戦。12分21秒、ラリアットで勝利。6月2日、ディファ有明大会でKENTAと対戦。7分22秒、ラリアットで勝利。6月12日、後楽園ホール大会で小川良成と対戦。1分36秒、ラリアットで勝利。7月26日、国立代々木競技場・第2体育館大会で小川良成のGHCヘビー級王座に挑戦。17分54秒、バックドロップ・ホールドに敗れた。8月31日、つくばカピオ大会でヨネと対戦。11分16秒、ラリアットで勝利。9月7日、大阪府立体育会館大会で三沢光晴佐野巧真組を相手にタッグ王座の防衛戦。17分55秒、森嶋がバックドロップで佐野に勝利。9月23日、日本武道館大会で秋山、齋藤組を相手にタッグ王座の防衛戦。22分47秒、齋藤のスイクルデスに力皇が敗れてタッグ王座から転落した。10月19日、愛知県体育館大会でスーパースター・スティーブと対戦。6分58秒、ラリアットで勝利。11月18日、新潟市体育館大会で志賀賢太郎と対戦。30分時間切れ引き分け。11月20日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で青柳政司と対戦。7分31秒、ラリアットで勝利。12月1日、月寒グリーンドーム大会で森嶋猛と対戦。30分時間切れ引き分け。

2003

03年4月10日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でブル・シュミットと対戦。5分38秒、ラリアットで勝利。4月13日、有明コロシアム大会で高山善廣のNWF世界ヘビー級王座に挑戦。15分3秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。5月11日、ディファ有明大会でトミー・ドレイクと対戦。8分25秒、ラリアットで勝利。5月22日、室蘭市体育館大会で川畑輝鎮と対戦。8分27秒、ラリアットで勝利。7月1日、岩手県営体育館大会で泉田純と対戦。12分1秒、ラリアットで勝利。12月6日、横浜文化体育館大会で森嶋と組んで永田棚橋弘至組のGHCタッグ王座に挑戦。28分34秒、永田のナガタロック3に森嶋が敗れた。

2004

04年1月23日、 高知県民体育館大会で泉田純と対戦。13分11秒、ラリアットで勝利。2月26日、横須賀市総合体育会館大会で田上明とGHC王座挑戦者決定戦。7分40秒、ラリアットで勝利。3月6日、日本武道館大会でGHCヘビー級王者の小橋建太に挑戦。25分28秒、ショートレンジの豪腕ラリアットに敗退。4月21日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でヨネと対戦。11分26秒、ダイビング・ボディプレスで勝利。5月30日、札幌テイセンホール大会でバイソン・スミスと対戦。23分44秒、ラリアットで勝利。6月11日、後楽園ホール大会で井上雅央と対戦。9分36秒、パワーボムで勝利。7月10日、東京ドーム大会で森嶋猛と組んで高山善廣、鈴木みのる組のIWGPタッグ王座に挑戦。12分55秒、高山のエベレストジャーマンに森嶋が敗れた。9月23日、ディファ有明大会で小橋軍VS秋山軍6対6シングル勝ち抜き戦に秋山軍の4人目として出場し、ヨネと対戦。2分6秒、パワーボムで勝利。次戦で池田大輔と対戦。3分34秒、両者リングアウト。勝ち抜き戦は秋山軍の勝利に終わった。10月11日、ディファ有明大会でヨネと対戦。16分44秒、変型抱えこみ式バックドロップで勝利。10月19日、千葉公園体育館大会で潮崎豪と対戦。10分2秒、無双で勝利。10月22日、国立代々木競技場・第2体育館大会でダグ・ウイリアムスと対戦。13分23秒、無双で勝利。

2005

05年3月5日の日本武道館大会では、「絶対王者」として13回の防衛を重ねた小橋に挑戦。27分11秒、無双で勝利し、GHCヘビー級王座を獲得。4月24日、日本武道館大会で斎藤彰俊と初防衛戦。試合では斎藤をコントロールできず、スイクルデスや場外戦で大苦戦。25分6秒、最後は無双で勝利したものの、観客からブーイングを浴びせられた。7月18日、ノアの東京ドーム大会で、2度目の防衛戦として新日本プロレスの棚橋弘至と対戦。体格の差を活かして試合を有利に進め、張り手からラリアットを浴びせ、17分11秒、最後は高角度の無双で勝利した。年8月19日、後楽園ホール大会で井上雅央と対戦。11分49秒、無双で勝利。8月24日、福島市国体記念体育館大会で鈴木鼓太郎と対戦。11分34秒、無双で勝利。9月3日、博多スターレーン大会でバイソン・スミスと対戦。15分2秒、無双で勝利。9月6日、本渡市民センター大会で泉田純と対戦。9分14秒、ラリアットで勝利。9月18日、日本武道館大会で三沢を相手に3度目の防衛戦。22分10秒、無双で勝利。10月15日、ディファ有明大会で杉浦貴と対戦。12分58秒、無双で勝利。10月16日、KBSホール大会で金丸義信と対戦。13分38秒、無双で勝利。11月5日の日本武道館大会で田上明を相手に4度目の防衛戦。20分43秒、オレが田上に敗れて王座転落。

2006

06年1月22日、日本武道館大会で相撲で同期だった曙と組んで小橋、泉田組と対戦。ダウンした泉田に対し、セカンドロープに上った曙の上に力皇も乗り、2人一緒に土俵入りのポーズからダイブ。17分12秒、脅威の必殺技「リキボノスプラッシュ63」(63年は2人が角界に入った年)で勝利した。2月26日、水戸市民体育館大会でナイジェル・マッギネスと対戦。11分59秒、無双で勝利。3月5日、日本武道館大会で小川良成と対戦。8分19秒、無双で勝利。4月13日、鹿児島アリーナ大会でキース・ウォーカーと対戦。15分12秒、無双で勝利。5月7日、SEM(ノアの若手主体興行)のディファ有明大会で谷口周平と対戦。11分14秒、無双で勝利。5月20日、新潟市体育館大会でジェイソン・ベイツと対戦。10分16秒、無双で勝利。8月15日、湯沢市皆瀬村総合支所前グラウンド大会で川畑輝鎮と対戦。12分29秒、無双で勝利。11月17日、後楽園ホール大会で杉浦貴と組んでGHCタッグ王座決定トーナメントに参戦し、1回戦で森嶋猛、ヨネ組と対戦。22分25秒、森嶋のバックドロップに杉浦が敗れた。12月23日、SEMのディファ有明大会で谷口周平と対戦。11分37秒、無双で勝利。

2007

07年2月17日、ディファ有明大会でクリス・ヒーローと対戦。15分13秒、無双で勝利。4月1日、後楽園ホール大会で秋山と組んで森嶋、ヨネ組のGHCタッグ王座に挑戦。23分17秒、力皇が無双でヨネに勝利してGHCタッグ王座を獲得。4月14日、広島県立総合体育館小体育館大会でダニエル・クロスと対戦。3分23秒、無双で勝利。4月28日、日本武道館大会で高山、杉浦組を相手にタッグ王座の防衛戦。迫力満点の激しいぶつかり合いが続き好勝負を展開。27分10秒、最後は力皇の無双が杉浦に決まり防衛に成功。6月8日、横浜文化体育館大会でディーロ・ブラウン、ブキャナン組を相手にタッグ王座の防衛戦。20分57秒、力皇が無双でブキャナンに勝利。7月15日、日本武道館大会で志賀賢太郎、川畑輝鎮組を相手にタッグ王座の防衛戦。27分11秒、力皇が変型無双で川畑に勝利。8月12日から、ノアで初のヘビー級リーグ戦となったGHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦に参戦。開幕戦のアイメッセ山梨大会でヨネと対戦。13分15秒、無双で勝利。この試合後、頚椎負傷のため長期欠場。

2008

08年2月28日、小田原アリーナ大会で復帰。秋山と組んで、泉田、田上組と対戦。必殺の無双で泉田に勝利した。6月1日、北海道立総合体育センター大会で斎藤彰俊を相手に復帰後初のシングル戦。スイクルデスの連発で動きが止まる場面もあったが、16分55秒、ラリアットの連発から無双、天下無双とたたみかけて勝利。7月18日、日本武道館大会でGHC王者の森嶋に挑戦。13分24秒、バックドロップに敗れた。12月7日の日本武道館大会でヨネと握手し、共闘をアピール。

2009

09年2月15日、ディファ有明大会でヨネと組んで森嶋、組と対戦。金丸鼓太郎平柳が試合に介入し、5分43秒、ヨネが橋に後頭部へのキック3連発をくらわせてフォール勝ち。試合後に金丸、鼓太郎、平柳と共に新軍団結成をアピール。チーム名は「Dis Obey(ディス・オベイ)」となった。2月19日、大阪府立体育会館第2競技場大会ではGHCタッグ王者の齋藤、スミス組と対戦。18分11秒、ヨネのハイキックからの力皇の無双で齋藤にフォール勝ち。4月からヨネと組んでグローバルタッグリーグ戦に参戦。3勝2敗2分けでリーグ戦の優勝を逃した。7月5日、ディファ有明での選手会興行(ファンによる綱引きで対戦相手が決定)で鈴木鼓太郎と対戦。11分24秒、無双で勝利。11月28日、広島グリーンアリーナ大会で森嶋と対戦。13分13秒、バックドロップに敗れた。12月6日、日本武道館大会でヨネと組んでGHCタッグ王者の森嶋、佐々木健介組に挑戦。26分40秒、ヨネが後頭部への回し蹴りで森嶋にフォール勝ちしてGHCタッグ王座を獲得。大凡戦となり、試合後にはブーイングも飛んだ。

2010

10年2月28日、日本武道館大会で高山、佐野組を相手に防衛戦。序盤にヨネが高山のエベレストジャーマン、佐野のソバットを連続でくらってしまい、場外で長時間ダウン。力皇がローンバトルを耐えきり、16分36秒、合体キン肉バスターを佐野に決めてフォール勝ち。3月14日、ディファ有明大会での試合後に村上がヨネをリング上で襲撃。3月20日、後楽園ホール大会のメインでヨネと組んで村上、臼田組と対戦。ゴング前から場外乱闘となり、リング内での戦いは1度だけ。村上はレフリーをパンチでKOし、大混乱の末に6分20秒、両者反則による無効試合。両チーム退場後も観客から大ブーイング。さらにリングに上がった丸藤が千葉大会での再戦を告げたためさらに観客から怒号を浴びた。3月26日、千葉公園体育館大会で村上、臼田を相手に防衛戦。18分、力皇の無双で臼田に勝利して防衛に成功。3月28日から始まったグローバル・リーグ戦に参戦。開幕戦のパシフィコ横浜大会で佐野と対戦し、4分17秒、顔面へのローリングソバットに敗れた。4月10日、後楽園ホール大会で平柳と組んでAAA世界タッグ王者の森嶋、石森組に挑戦。12分、石森の450°スプラッシュに平柳が敗れた。4月14日、大阪府立体育会館第二競技場大会でバイソンキース組を相手にタッグ王座の防衛戦。24分41秒、バイソンの雪崩式バイソン・テニエルに力皇がフォール負けして王座転落。4月16日、米子コンベンションセンター大会で杉浦と対戦し、30分時間切れ引き分け。4月28日、青森産業会館大会でバイソン・スミスと対戦し、18分47秒、無双で勝利。4月29日、仙台産業展示館大会で秋山と対戦し、11分48秒、フロントネックロックにレフリーストップ負け。5月2日、日本武道館大会で佐々木健介と対戦。13分27秒、ノーザンライトボムに敗れた。この結果、1勝3敗1分けでリーグ戦敗退。その後、新日本プロレスの大阪府立体育会館大会で真壁刀義の持つIWGP王座への挑戦が決定。6月26日の調印式では「6月19日は新日本沈没の歴史的な日になる。こいつ(真壁)は新日本を沈没させた歴史的なチャンピオンになる」と豪語。しかし6月1日から頚椎ヘルニアのため長期欠場。IWGP挑戦は中止となった。

2011〜

11年11月27日、有明コロシアム大会でリングに立ち、引退を表明。12年7月22日、両国国技館大会で引退セレモニー。「本日は両国大会にご来場ありがとうございます。プロレスをやってきて13年間、幸せで素晴らしい時間を過ごすことができました。ファンの皆さんのおかげです。本当に感謝しております。皆様からいただいた声援を胸に刻んで、がんばっていきたいと思います」とあいさつ。その後はノアのGHCタイトル管理委員に就任。同年末、燕三条ラーメンの人気店として有名な新潟県燕市の「潤 燕総本店」に弟子入りしてラーメン修業。13年12月5日、奈良県天理市別所町でラーメン店「麺場 力皇」をオープン。チャーシューや煮玉子などトッピング全部乗せの「極力皇らーめん」など、鶏だんごを売りに自慢のメニューを展開。