レスラーノート

ハヤブサ

本名:江崎栄治
1968年11月29日
熊本県八代市出身
183cm 106kg

タイトル歴
FMW二冠統一王座
アジアタッグ
WEWタッグ
フロリダ・ヘビー
PCWFヘビー
FWAライトヘビー
得意技
ファイヤーバードスプラッシュ

ミスター雁之助とは同じ熊本商科大学出身。雁之助がFMWの入団テストに行くというので一緒についていって、FMWに入団。91年5月5日、名古屋国際会場のパンディータ、上野秀幸戦でデビュー(パートナーはアミーゴ・ウルトラ)。93年10月にメキシコ遠征。WWAでマスクマンのハヤブサに変身。

1994

94年4月にスーパーJカップに出場するため一時帰国。1回戦でライガーと対戦し、10分17秒にフィッシャーマン・バスターで敗れたが、トップロープからのウラカン・ラナ、シューティング・スタープレス、ゴング前のトペ・コンヒーロを繰りだして高い評価を得た。その後、AAA、EMLL、アメリカのフロリダに転戦して帰国した。

1995

95年5月5日に大仁田の引退試合で電流爆破マッチに初挑戦。7月30日、八王子市マルチパーパスプラザ大会でザ・グラジエーターと対戦。10分13秒、カミカゼ・アッサムボムをくらって敗れた。胸と背中を痛め、試合後に救急車で病院に直行した。

1996

96年9月20日、札幌中島体育センター別館大会で大矢と対戦。16分53秒、バックドロップに敗れた。10月10日、みちのくプロレスの両国国技館大会で新崎人生と対戦。ファイヤーバード・スプラッシュなどの大技を鮮やかに決めたが、フェニックス・スプラッシュをかわされ、左足を負傷。最後はハイジャック式パワーボムに敗れた。11月16日、大阪府立臨海スポーツセンター大会でTAKAみちのくと対戦。必殺のみちのくドライバー2をカウント2で返し、ファルコンアローをカウント2で返されるなど好勝負を展開し、17分40秒、回転式ファルコンアローで勝利。12月11日、駒沢オリンピック公園体育館大会でサスケと対戦。ノータッチ・トペ・コンヒーロ、ファイヤーバード・スプラッシュなど華麗な技で追いつめるがサスケもサスケペシャル、サンダーファイヤー・パワーボムで反撃。最後は19分12秒、雪崩式ファルコンアローで勝利。

1997

97年9月6日、全日本プロレスの日本武道館大会で人生と組んで小橋志賀組と対戦。20分32秒、ハヤブサがファイアーバードスプラッシュで志賀に勝利。年末に新崎人生と組んで全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に参加した。

1998

98年2月19日、冬木軍の後楽園ホール大会で冬木弘道を相手にランバージャックデスマッチで対戦。場外で冬木の仲間に痛めつけられ、16分17秒、裏拳をくらってフォール負け。3月13日、札幌中島体育センター別館大会のメインで田中将斗と対戦。新生FMWのエース対決となった。両者合わせて18度のフォールを返す総力戦となり、最後は23分17秒、ドラゴンスープレックスからの垂直落下式ファルコンアローで勝利。4月にミスター雁之助を破りFMW2冠統一王座を獲得。8月2日、ECWのPPV「ヒートウェイブ」で人生と組んでサブゥーRVD組のECWタッグ王座に挑戦。人生と共に机の上に寝かされて、同時にニードロップをくらって敗れた。

1999

99年2月に人生と組んで泉田本田組を破り全日本プロレスのアジアタッグ王座を獲得した。8月に素顔になってHと名のり、一時期FMWで活躍したが、すぐにハヤブサに戻った。

2001

01年10月、5月5日、月寒グリーンドーム大会で黒田哲広を破りWEWシングル王座を獲得。8月11日、駒沢オリンピック公園体育館大会のメインで金村キンタローを相手に防衛戦。18分35秒、サンダーファイアー・パワーボムに敗れて王座転落。9月5日、月寒グリーンドーム大会で金村キンタローのWEWシングル王座に挑戦。17分9秒、ファイアーバード・スプラッシュで勝利。WEWシングル王座を奪回した。10月9日、後楽園ホール大会で黒田哲広と組んでミスター雁之助、マンモス佐々木組のWEWタッグ王座に挑戦。22分31秒、佐々木のチョークスラムを切り返したハヤブサがエビ固めでフォール勝ち。WEWタッグ王座を獲得した。10月22日、後楽園ホール大会のメインでマンモス佐々木を相手に社長交代マッチ。13分20秒、セカンドロープからムーンサルトを放とうとした瞬間、足を滑らせ、そのまま落下。試合は無効試合に終わった。この試合で頚椎を損傷し、引退。

2002〜

02年1月にリハビリ開始。一時は全身麻痺となったが、歩けるまでに回復した。 16年3月3日、都内の自宅で、くも膜下出血のため死去。