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パット・パターソンPAT PATTERSON本名:ピエール・クレモント 1941年1月19日 カナダ・ケベック州モントリオール出身 188cm 112kg |
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タイトル歴
USヘビー
北米タッグ AWA世界タッグ WWFインターコンチネンタル 得意技
アトミックドロップ
エアプレーンスピン 足4の字固め |
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16歳でデビュー。オレゴン地区で活躍。デビュー当初は黒髪にサングラス、スパンコールのガウンという悪党キャラでファイト。65年にサンフランシスコに入る。髪をブロンドに染める。レイ・スチーブンスのパートナーに抜擢され、人気が上昇。68年4月に日本プロレスに初来日。70年にシスコでUSヘビー級王座を獲得。ジョニー・パワーズと組んで北米タッグ王座を獲得。77年12月に猪木のNWF王座に挑戦。新日本プロレスではジョニー・パワーズをパターソンより上に扱っていたが、アメリカでの実力は完全に逆だった。78年にAWA世界タッグ王座を獲得。79年にはWWF王者のボブ・バックランドと抗争。9月にブラジルで初代インターコンチネンタル王者となる。10月22日、マジソンスクエアガーデンで北米王者を名のっていたテッド・デビアスと王座統一戦を行う。その後、抗争を続け、王座統一に成功。デビアスのベルトがインターコンチネンタル王座のベルトとなった。80年4月21日にケン・パテラに敗れて王座転落。谷津嘉章のアメリカ初遠征の時にはタッグパートナー兼マネージャーとして活躍した。84年に引退を表明。人格者としても有名。引退後はWWFのフロントで活躍。04年10月にWWEを退団。20年12月2日、マイアミの病院で死去。
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