レスラーノート

ワン・ビン(王彬)

WANG BIN
1994年4月14日
中国・安徽省出身
190cm 95kg

得意技
中段回し蹴り

10歳から少林寺拳法、14歳からは散打を習い、中国スポーツ大会(散打の部)で優勝。安徽省体育学院を卒業後、09年に上海に移り住み、スポーツジムのインストラクターとして働く傍ら、格闘技修行を行なっていた。IGFの中国進出に伴い、関係者の眼に止まる。 13年1月、IGF育成選手としてアントニオ猪木道場での練習を開始。日本で修行に励んだ。12月17日、大晦日の大会の対戦カード発表の記者会見で、アントニオ猪木から「彼には中国の力道山になってもらう。素質は十分。甘っちょろい戦いなどいらない。力道山のように国民の怒りやストレスを代弁できるような厳しい戦いのできる選手になってほしい」と期待をかけられた。12月31日、両国国技館大会でケンドー・カシンを相手にデビュー。3分6秒、ジャンピングニーからのボディスラムで勝利。 14年4月27日、IGFの上野公園大会(パキスタン・ジャパンフレンドシップフェスティバルでの提供大会)でブラックタイガー(高岩竜一)と対戦。6分1秒、パワースラムで勝利。7月13日、福岡国際センター大会で将軍岡本と対戦。59秒、STFに敗れた。7月20日、いわき明星大学大会で藤田和之と対戦。1分47秒、キャメルクラッチに敗れた。7月21日、スポーツアリーナそうま大会で藤田和之と対戦。1分38秒、逆片エビ固めに敗れた。7月23日、石巻市総合体育館大会で橋本大地と対戦。5分2秒、両者リングアウト。7月24日、気仙沼市総合体育館大会でクラッシャー川口と対戦。2分4秒、逆十字固めに敗れた。7月25日、大船渡市民体育館大会で高岩と対戦。7分22秒、デスバレーボムに敗れた。7月27日、青森産業会館大会で5代目ブラックタイガーと対戦。5分50秒、パワースラムで勝利。8月23日、両国国技館大会で澤田敦士と対戦。5分50秒、胴絞めスリーパーにレフリーストップ負け。8月30日、北朝鮮・平壌市の柳京・鄭周永(ユギョン・チョンジユヨン)体育館大会で奥田啓介と対戦。1分56秒、パワースラムで勝利。8月31日、同会場での大会でタカ・クノウと対戦。2分44秒、パワースラムで勝利。10月13日、愛知県体育館大会で鈴川真一と対戦。2分59秒、ヒールホールドに敗れた。12月1日、後楽園ホールでの「INOKI BOM−BA−YE 2014ファンフェスタ」でクラッシャー川口とエキシビションマッチ。5分、時間切れ引き分け。12月31日、両国国技館大会でクラシック・キッドと対戦。1分46秒、延髄斬りからのフィッシャーマンバスターで勝利。 15年4月11日、両国国技館大会でヌックスと対戦。9分12秒、卍固めで勝利。5月5日、大阪府立体育会館大会でラジャ・シンと対戦。6分44秒、レフリー暴行のため反則勝ち。6月27日、愛知県体育館大会で鈴木秀樹と対戦。3分45秒、スリーパーホールドに敗れた。12月31日、両国国技館大会で将軍岡本と対戦。5分51秒、ライガーボムで勝利。 16年2月26日、東京ドームシティホール大会でスーパータイガーと対戦。15分時間切れ引き分け。6月16日、WWEに入団。WWEで初の中国人レスラーとなった。9月10日、WWEの上海大会でWWEデビュー。ボー・ダラスと対戦し、アバランシュホールドで勝利。10月26日(収録は10月13日)、NXTにティアン・ビンの名で登場。 17年4月2日、レッスルマニアでアンドレ杯バトル ロイヤルに出場。 18年10月18日、WWEを離脱。