レスラーノート

折原昌夫

1969年6月16日
群馬県邑楽郡出身
175cm 88kg

タイトル歴
レジェンド・チャンピオンシップ
KO−D無差別級
インターナショナルジュニア
インターナショナルジュニアタッグ
得意技
スパイダー・ジャーマン

関東学園大学附属高校ではレスリングを経験。 88年4月、東京三洋電機に入社。設計部に配属され、実業団のレスリング部に所属した。 89年、全日本プロレスに入門。天龍源一郎の付き人をしていた。天龍からトンパチと呼ばれていた。

1990

90年2月22日、浜松市体育館大会での菊地毅戦でデビュー。7月、天龍が旗揚げしたSWSに入団。9月、福井大会での大矢戦でシングル初勝利。10月18日、横浜アリーナ大会で畠中浩と対戦。11分29秒、逆片エビ固めで勝利。10月19日、横浜アリーナ大会でディノ・ベンチュラと対戦。5分25秒、ダイビング・ラリアットに敗れた。11月10日、SWSの道場大会で佐野と対戦。6分57秒、逆エビ固めに敗れた。11月17日、SWSの道場大会で片山明と対戦。7分37秒、腕ひしぎ逆十字固めに敗れた。12月1日、SWSの道場大会で仲野信市と対戦。6分16秒、三角絞めに敗れた。12月7日、大阪府立体育館大会で片山と対戦。9分18秒、フィッシャーマンズスープレックスで勝利。12月15日、SWSの道場大会で佐野と対戦。7分12秒、タイガースープレックスに敗れた。

1991

91年1月4日、東京ベイNKホール大会で片山と対戦。12分1秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。1月8日、露橋スポーツセンター大会でエル・ダンディと対戦。7分23秒、ジャーマンスープレックスで勝利。2月5日、熊本市体育館大会でアトランティスと対戦。10分38秒、ダイビング・ボディプレスに敗れた。2月7日、長崎国際体育館大会で大矢と対戦。10分13秒、バックドロップに敗れた。3月11日、青森県営体育館大会で大矢と対戦。10分42秒、ラリアットに敗れた。4月1日、神戸ワールド記念ホール大会で大矢と対戦。11分41秒、ラリアットに敗れた。4月23日、上越リージョンプラザ大会で大矢と対戦。10分43秒、バックドロップに敗れた。8月9日、横浜アリーナ大会で北原と対戦。13分44秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。9月16日、福井市体育館大会で佐野と対戦。8分45秒、ドラゴンスープレックスに敗れた。9月17日、富山市体育館大会で北原と対戦。14分55秒、かんぬきスープレックスに敗れた。10月28日、長崎国際体育館大会でベスティア・サルバヘと対戦。9分26秒、十字架固めにフォール負け。91年度のプロレス大賞で新人賞を受賞した。

1992

92年2月9日、伊勢崎市民体育館大会で畠中と対戦。14分3秒、ジャーマンスープレックスで勝利。2月12日、後楽園ホール大会でマーティ・ジャネッティと対戦。9分37秒、ロッカードロッパーに敗れた。同年、天龍が旗揚げしたWARに入団。7月14日、後楽園ホールでのWARの旗揚げ戦のメインで天龍と組んでカブキ、北原辰巳組と対戦。集中砲火を浴びダウン。カブキのタイガードライバーに折原が敗れた。試合後、救急車で搬送された。

1993

93年、新日本プロレスのトップ・オブ・ザ・スーパージュニアに参戦。9月23日、新日本プロレスの横浜アリーナ大会でライガーのIWGPジュニア王座に挑戦。17分23秒、足4の字固めに敗れた。

1995

95年12月、WARを退団した。

1996

96年、東京プロレスにマスクマンの月光に変身して登場。「月影」こと田村忍と共にヤングデストロイヤーズを結成。96年7月、素顔になる。

1997

97年にメビウスを旗揚げ。トンパチマシンガンズ、ファーイーストコネクションの一員としてDDTプロレスリング、バトラーツ、みちのくプロレスを主戦場とした。

1999

99年5月、新日本プロレスのベスト・オブ・ザ・スーパージュニアに参戦した。

2000

00年4月19日、DDTの北沢タウンホール大会で高木三四郎を破り初代KO−D無差別級王座を獲得。

2004

04年7月、みちのくプロレス参戦中に精神的な問題を抱えて失踪。

2005

05年1月に復帰。9月26日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で初代タイガーマスクと対戦。30分時間切れ引き分け。12月16日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でアレクサンダー大塚を相手にレジェンド王座決定戦。13分22秒、ラリアットで勝利。レジェンド・チャンピオンシップを獲得した。12月16日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でレジェンド・チャンピオンシップを獲得。

2006

06年3月10日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でGammaを相手に防衛戦。15分3秒、ムーンサルトプレスで勝利。6月7日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で神風を相手に防衛戦。10分29秒、リングアウト勝ち。9月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で鈴木みのると対戦。15分2秒、ゴッチ式パイルドライバーに敗れた。

2007

07年12月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でスーパー・タイガーと対戦。16分11秒、デスバレーボムで勝利。

2008

08年6月19日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で仮面シューター・スーパー・ライダーを相手に防衛戦。13分55秒、レフリーを暴行して反則負け。規定により王座防衛に成功。その後、レジェンド王座を返上した。

2010

10年4月19日、新宿FACEでの天龍プロジェクト旗揚げ興行に参戦し、第1試合で百田光雄と対戦。9分15秒、バックドロップに敗れた。6月9日、天龍プロジェクトの新宿FACE大会でヘイトと対戦。9分41秒、消火器を使われて反則勝ち。8月25日、天龍プロジェクトの新宿FACE大会で百田と対戦。10分28秒、逆さ押さえこみにフォール負け。11月28日、DDTの後楽園ホール大会で首を負傷し「後縦靱帯骨化症」と診断された。

2011

11年3月18日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でタイガー・シャークと対戦。9分37秒、ムーンサルトプレスで勝利。3月、骨化部分の除去手術。7月21日、リアルジャパンで復帰した。その後、天龍プロジェクトに所属し、退団。力道山三世ののトレーナーとしても活動した。

2012

12年3月、天龍プロジェクトに入団。5月23日、後楽園ホール大会で百田光雄と対戦。9分10秒、パイルドライバーに敗れた。6月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で矢口壹琅と対戦。7分37秒、裏三角絞めで勝利。9月26日、後楽園ホール大会で梶原慧と対戦。13分30秒、ムーンサルトプレスで勝利。12月29日、後楽園ホール大会で冨宅飛駆のジュニア王座に挑戦。13分54秒、変型押さえこみでフォール勝ち。インターナショナルジュニア王座を獲得。

2013

13年4月19日、ダイヤモンドリングの富山産業展示館テクノホール大会でHIROKIと組んで中嶋勝彦、梶原組のタッグ王座に挑戦。16分55秒、折原がムーンサルトプレスで梶原に勝利。インターナショナルジュニアタッグ王座を獲得。10月1日、天龍プロジェクトの新木場1stRING大会で卍丸を相手に防衛戦。12分35秒、ストレッチプラムで勝利。同月、天龍プロジェクトを退団。

2017

17年7月25日、ガッツワールドの新木場1stRING大会で大谷譲二と対戦。8分、フロントネックロックでレフリーストップ勝ち。

2018

18年4月15日、新宿FACEで行われたガッツワールドの最終興行で黒田哲広と対戦。10分50秒、コンプリートショットで勝利。

2021

21年2月23日、COMBOの板橋区立グリーンホール大会で力と30分ハンデキャップ3本勝負で対戦(1本でも取れば力の勝利)。1本目は37秒、PKで勝利。2本目は43秒、羽根折り固めで勝利。3本目は9分10秒、スリーパーホールドでレフリーストップ勝ち。12月12日、COMBOの新宿FACE大会でデッドフランティックと組んでタッグトーナメントに参戦し、1回戦で将軍岡本、レザーフェイス組と対戦。6分9秒、岡本のカイケツにデッドフランティックが敗れた。

2022

22年6月26日、COMBOの板橋区立グリーンホール大会で将軍岡本と対戦。11分2秒、岡本がレフリーを暴行して反則勝ち。